コラム・インタビュー・レポート

世界が「課題先進国・日本」を再認識する年に~少子高齢化,金融超緩和,成長のタネ減少,税・年金一体改革…~

今年の日本経済について見通しをお聞かせください。

日本が「課題先進国」としての役割を担っているということが,鮮明になるでしょう。公害,少子高齢化,金融の超緩和,成長のタネの減少…。現代の先進国が直面している課題は全て,日本がこの20年来経験してきたことです。つまり,世界が「ジャパナイゼーション(日本化)」してしまったわけであり,いかにこれまで日本が相対的によくやってきたかということを各国は再認識すると考えています。

日本の実質GDP成長率は米国と比べても,この2,3年はそれほど悪くありません。また,幸福度指標と呼ばれる経済協力開発機構(OECD)の各指標(住みやすさ,治安,所得格差など)を見ても,「日本経済はそれほど悪くない」と再認識されるでしょう。

一般的には「失われた20年」と指摘され,「バブル崩壊後の日本は課題を先送してきた」というイメージが強いのですが。

そうでもないと思います。日本が断行した「不良債権の処理→銀行への公的資金注入」はまさに今,欧州がやろうとしている政策です。未解決の課題についても,日本は着実に検討の度合いを進めています。社会保障と税の一体改革やTPP(環太平洋連携協定)交渉への参加はまだ実現していませんが,今年はようやく実現に向かうでしょう。

その一方で,リスクシナリオも3つ考えられます。いずれも海外からやって来るリスクです。1つ目は米国経済です。今年からドッド・フランク法(金融規制改革法)の規制が本格化すると,シャドーバンキングやファンドに対する規制強化に伴い,金融収縮が相当程度進むと予想されます。

さらに,米国では地方政府の債務問題がクローズアップされています。アラバマ州のジェファーソン郡が昨年破綻しました。ほかの幾つかの州でも債務危機が起こっています。このため,新興国を中心に海外に投資されていた米国の資金がデレバレッジ(巻き戻し)される可能性があります。

2つ目のリスクは欧州です。ポイントはドイツにあります。具体的には,メルケル政権が欧州債務危機に要する財政負担をどれぐらい引き受けるかになります。ただ,ドイツの総選挙は2013年までありません。選挙というモメンタムがないため,今年は政治決断できないままダラダラと課題解決が先送りされていく可能性があります。

そうなると,欧州全体で大きな救済パッケージが打ち出せず,かつて日本が批判を浴びたように「too little ,too late(規模が小さ過ぎるし遅過ぎる)」に陥るリスクがあります。その場合,欧州危機が長引くことが懸念されます。

最終的には,ドイツもユーロボンド(共同債)の発行を容認するとお考えですか。

最終的には認めると思いますが,決定時期は遅れるでしょう。規模もそれほど期待できません。共同債は,財政が健全な国の債券も信認リスクにさらしかねないことになりますから,発行を嫌がる国が出てくることが予想されます。このため,足並みはなかなか揃わないでしょう。また,欧州の銀行が中国など新興国に投資していた資金をデレバレッジさせてくる可能性もあります。

この点が3つ目のリスクにつながります。欧米の金融機関が強烈なデレバレッジに踏み切ると,今まで新興国に流入していた資金が先細るか,先進国へ逆戻りしてしまいます。既に新興国の大部分が減速傾向に入っていますから,新興国経済もパッとしなくなる恐れがあります。

指摘した3つのリスクをつなげてみると,日本にとって最大のリスクシナリオは「金融大収縮の発生→保護主義が復活→世界経済がブロック化に向かう」というものです。世界経済のブロック化が起きた時,日本はキャピタルインフローあるいはアウトフローのセンシティビティーが高いため,日本経済が停滞する可能性があります。

「ユーロ制度の崩壊」といった最も悲観的なシナリオは考えられませんか。

その可能性は非常に小さいと考えています。欧州が段階を踏みながら通貨統合まで進めてきてここで一旦停滞するかもしれませんが,最終的に政治統合へ向かうプロセスに変わりはないと思います。しかし,財政のハーモナイゼーションや国境を越えた労働者の移動などがややペースダウンするという事態はあり得るでしょう。

米国では「大統領選の年は経済政策が期待され,景気が良くなる」というジンクスがありますが。

確かに通常,そう言われていることは事実です。ところが2012年の場合には特殊要因があります。1つは財政政策です。連邦議会の超党派の特別委員会が昨年合意に達しなかったため,(1.2兆ドルに上る)歳出が自動削減のリスクにさらされています。これを回避したとしても,オバマ政権は世論を背景に政策的経費を中心にして大幅削減に踏み込まざるを得ないでしょう。

FRB(連邦準備制度理事会)の金融政策については,QE3(追加量的緩和)を期待する声もありますが,そもそも市場は量的緩和に慣れきってしまっていまい,(仮に実現したとしても)景気刺激効果があるとは考えづらいのです。

したがって,米国は財政,金融両面で政策発動が困難に状況にあり,通常の大統領選挙年とは異なる様相を呈しています。「期待していたほどの景気刺激策がとられなかった」という失望感が市場に生じれば,米国のマーケットが大きく落ち込むという恐れもあります。

中国でも指導者交代が見込まれていますが,これまでの高成長路線を維持できるのでしょうか。

首脳部が変わる時,大きな経済政策の変更は行われないのが通例です。他方で先ほど指摘したように,中国の外から来るリスク要因があります。中国は景気下支えをしようと色々な策を打ってくるでしょうが,ダラダラと景気が減速する時期が続くかもしれません。ただし,景気刺激策は継続的に実施すると思いますので,大きく崩れるようなことにはならないでしょう。一言でいえば,中国経済はバブル崩壊がなくても沈滞ムードが続く年になると思います。

日本の財政についてお聞きします。依然として,長期金利は1パーセント前後で安定していますが。

中期的に見て,日本の財政状況が問題であることは間違いありません。ただし,そのことと短期的に国債相場が動揺するような事態が起こるかどうかは,分けて考えなければいけません。今,一部外資筋などでは日本国債のポジションをはやす動きがあるようですが,そのリスクは低いと思います。

なぜなら,今まで国債が買われてきた要因が変わらないからです。1つは国債の9割超が依然として日本国内で消化されていること。2つ目が国債消化の担い手である国内金融機関が業務純益ベースではそこそこの利益を上げていて,国債を買う意欲が失われていないこと。3つ目が個人金融資産と国債の発行残高のギャップがそれほど埋まってきてはいないことです。

ですから,「今年何かが起こる」ということは考えにくい状況です。ただし,中長期的にはギリシャのようになる可能性もリスクシナリオとしては存在するため,社会保障と税の一体改革をやっていくことは政策的に正しいと思います。

最後に為替相場の見通しをお聞かせください。消去法的な円高地合いが続いていますが。

東日本大震災の後も円高が続いているのは,その影響が一時的であるということを皆がよく分かっているからだと思います。昨年は震災や原発の問題があり,輸入が輸出を上回る貿易赤字になりましたが,秋以降は輸出の回復が見られます。また,原油価格も高止まりしないと見られ,貿易赤字の基調が続くとは考えにくいのです。

その上で,為替相場については2つのシナリオが考えられます。1つめは円高シナリオです。米国や欧州の経済不調が市場予想よりも深刻である場合には,「円が安全」と認識され更に買われていく可能性があります。

2つ目は反対の円安シナリオです。「ミセスワタナベ」と呼ばれる日本の個人外為投資家や欧米市場で損切りを行う日本の機関投資家のデレバレッジによる円高が一服した後,世界経済のブロック化や欧米資本の巻き戻しが進展すると同時に,エネルギー輸入増による日本の貿易収支悪化が続けば,緩やかな円安基調になることが考えられます。それぞれの要因がどの程度強いかによって,円高になっても逆に円安に振れてもおかしくありません。

保井 俊之(やすい としゆき)

慶應義塾大学 先導研究センター特任教授

1985年東京大学卒,大蔵省(現財務省)入省。経済協力開発機構(OECD)職員,在インド日本大使館書記官,国際協力開発銀行金融研究所主任研究員,金融庁参事官などを歴任。2007年中央大学客員教授,2009年慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特任教授,2011年から現職。政策研究大学院大学客員教授(兼務)。国際基督教大学博士(学術)。PMI認定Project Management Professional。日本コンペティティブ・インテリジェンス学会から2010,11両年度の論文賞を受賞。主な著書に『保険金不払い問題と日本の保険行政』(日本評論社,2011年),『「日本」の売り方:協創力が市場を制す(仮)』(角川oneテーマ21新書,近刊)など。研究分野は,社会中枢システム論,公共政策,行政学,財政金融・国際通貨,金融インテリジェンス,コスト評価分析。

保井 俊之 氏
慶應義塾大学
先導研究センター特任教授
保井 俊之 氏
掲載日 2012/02/01